ニャン太のサムライ日記 Ver1.1

SIerに勤務する企業内診断士の、等身大の今をつづります。

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生きる道を考える

2012-03-23-Fri-22:19
先日から、日々の生き方や仕事に対する振り返りの時間を作っています。
振り返ることの中に、「自分の目標に対する進捗は?」という項目があります。
ここでいう目標とは、人生で追求していく目標です。
これを始めたおかげで、これまでになく「私はなにをやりたいの?」を
自問するようになりました。

いま、私は「全てのひとが働きやすく、かつ採算も向上する職場を作る」ことを
目標にしています。
出産をきっかけに、“時間に制約があっても働ける職場”をつくらないと!と
思うようになりました。
また、私の勤める業界は、長時間労働であったり、特定の人に対する負荷だったり
(これは業界全てではないと思いますが)と、「無理して働く」傾向が強いように思えます。
実際、職場では身体を壊して休んでいる方がいます。
育児、介護など事情を持っている人はもちろんですが、そうでなくても、
みんなが無理なく働ける職場であって欲しいと思います。
人事制度だったり、社員のスキルアップだったり、組織の風土だったり。
アプローチ方法はさまざまでしょうけれど、何らかの方法で、
目標に向けて活動したいと思っています。

そんな中、最近「これも追求したいことなんだろうか?」と思うものに出会いました。
「コーチング」です。

いま、『7つの習慣』を読んでいます。
まだ読んでいる途中ですが、価値観をはじめとした「自分の内面」に目を向ける
すばらしい機会になっています。
この本、素直な気持ちで読み続け、書いてあることを愚直に実行し続けたら、
人生が変わるかもしれないとすら思います。
(もちろん私も修行中で、これから結果を出そう、というところですが。)

このように、いままでに無かった視点で自分を省みて、考え方や習慣を転換し、
人生をより充実したものに向ける機会をたくさんの人に持ってほしい。
思い返すと、以前から頭のどこかで考えていたことです。
そこで、コーチングというのは、その機会を作ることができるのかしら?と思ったのです。
まずは、コーチングを知ろうと思い、図書館から本を借りてきました。

いまの私は、育児休暇中で仕事をしていません。コーチングも未経験です。
考えるばかりの頭でっかちになっている気もします。
こんな状態でいいのかなぁ~、もっと現実を見たほうがいいのでは?と思う自分もいます。
それでも、自分の生きる道について、これほど自問し考えたのは初めてです。
しばらく悶々としそうですが、考え続けようと思います。
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『ダイバーシティ』を読んで

2011-11-16-Wed-21:25
先日ブログに書きましたが、出産を機に“ダイバーシティ”が
今の私の重要なテーマとなっています。
とはいえ、ダイバーシティとは?をきちんと理解できていないのが現状なので
まずはダイバーシティに関連する書籍を読むことに。
初めに読んだのがコチラでした。

ダイバーシティダイバーシティ
(2008/07/11)
山口 一男

商品詳細を見る

この本は、2つの物語で構成されており、1つはファンタジー、もう1つは教育劇です。
ファンタジーでは、主人公が旅をしながら自分のコンプレックスを肯定的に
受け入れるようになる過程で「個人にとってのダイバーシテとは?」を描きます。
教育劇では、日米の規範文化比較を対話形式で行っている、アメリカの大学の
授業の様子を通じて「社会にとってのダイバーシティとは?」を描いています。

大変読みやすい本でしたし、この本を読んで(私にとっては)大きな発見ができました。
それは、
「ダイバーシティ」とは、単に企業での人材活用における概念ではなく、
自分が生きる社会や人生において、多様な価値観・個性を受け入れようという
広い概念だった

ということです。

よく、ダイバーシティの概念に関する説明では
◆性別や年齢、人種といった点だけではなく、もっといろいろな面で多様な人たちを
 活用して、組織やチームのパフォーマンスを高めること
◆女性や外国人の雇用だけを意味するものではない
といったことを目にするので、
私は「ダイバーシティ」とは企業での人材活用における用語だと思いこんでいました。
が、「個人」「社会」という背景の中でダイバーシティを描く本書を読み、
先述の発見に至ったわけです。
すでにダイバーシティについて勉強されている方々にとっては当たり前かも
しれませんが、私にとっては目からウロコでした。
「生きていく上で、多様な価値観・個性を受け入れる」って、
「スベテノ ヒトニ アイヲ」じゃないけど(そりゃ言いすぎかな)
人間の根っこの部分にある、大切だけどシンプルな概念なのでは?と
ストンと腹に落ちてきました。

金子 みすゞさんの有名な詩に「私と小鳥と鈴と」がありますよね。
“鈴と、小鳥と、それから私、
 みんなちがって、みんないい”
で締めくくられる詩です。
本書でダイバーシティの思想を表していると書かれていました。
全くその通りだなぁと感心すると同時に、これも「ダイバーシティは広い概念だ」と
気付かされたことの1つです。
それじゃ、SMAPの「世界に一つだけの花」もダイバーシティの要素があるのかな?
そう考えみても、身近に大事にされている概念だと思えてきます。

本書の中で、
「社会にいる一人ひとりの才能が十分開花し、発揮され、
そしてそういう社会だということをみなが信じられるような社会になること」
が必要だと著者は言っています。
この「そういう社会だということをみなが信じられる」ことが大事だと私は思います。
自分を受け入れてくれる企業だ、もしくは社会だと信じることができないと、
能力など発揮できませんよね。

本書を読んで、一歩ダイバーシティのイメージを形作ることができたように思います。
次は、ダイバーシティの具体的な事例が挙げられている本を読むぞ!

ダイバーシティを追求することにしました

2011-11-08-Tue-16:53
最近世の中でよく耳にするようになった「ダイバーシティ」。
いまの私にとって、急速に最重要テーマになりつつあります。

以前から「ダイバーシティ」という言葉は耳にしていましたし、
私の身近な診断士の方々が活動していることも知っていました。
でも、自ら動き出そうというほどの興味は持っていませんでした。
そのきっかけは出産です。

娘は今月7ヶ月になりました。
育児にも慣れ、少しずつ気持ちにも余裕が出てきました。
そうなると頭にチラつきはじめるのは、仕事復帰後のこと。
復帰後、会社の制度上許されるあいだは、短時間勤務で2時間少なく勤務しようと
考えています。
ただ、会社で私が所属する部署は慢性的に忙しい。
システム構築や保守を主な業務としているのですが、残業せざるを得ない状況が
多々あります。
そう、私の今の大きな悩み・・・
そういった部署でただ1人短時間勤務制度を使うことは、
相当肩身が狭いのではないかということが心配なのです。

妊娠中で体調が優れなかった頃、上司の協力によりまとまって
休みを頂いたり勤務時間を1時間遅らせたりさせてもらいました。
こういった状況を理解してくれる上司がいたのは恵まれていましたが、
一方では「最近ニャン太さんが事業部で一番仕事してないよね」
などと言ってくる上司がいたのも事実です。
私の被害者意識を差し引いても、残業ばかりのメンバーの中で
ただ1人短時間勤務をするにはやはり精神衛生上良くない環境だと思います。

でも、ある日子供の寝顔を見ながらふと思いました。
どんなに悩んだとしても
「仕事復帰後も、娘のために夕食やお風呂タイムを一緒に過ごしたい。
だから18時までには帰りたい。」
という点は揺るがない絶対最優先事項です。
かといって、会社で「早く帰ってスミマセン・・」という筋の通らない申し訳なさを
感じながらの働き方はしたくない。
それなら、短時間勤務であろうと当たり前のように堂々と働けるようにすればいい。
そう思ったらマイナス思考がプラスにスイッチできて、
少しだけ気持ちが軽くなりました。
もちろん実行は簡単ではないですけどね。

「短時間勤務であろうと当たり前のように堂々と働けるようにする」には
自分自身の業務の進め方を工夫し実績を残さなければならないのは当然ですが、
会社の風土もそれを受け入れるものであって欲しいです。
そんなとき、はたと「ダイバーシティ」の語を思い出し、これだ!と思ったのです。
自分がこういった立場になるまでその重要性に気付かないなんて、
想像力が乏しいなと情けなくなりましたが。

また、ちょうど先日女性診断士の会“Ami”20周年事業シンポジウムに参加し、
そこでもダイバーシティが話に挙がりました。
Googleの新規事業開発アジア太平洋地域統括本部長による講演をうかがっても、
いかに日本はダイバーシティへの取り組みが遅れているかがよくわかりました。
講演でいろいろ引用されたデータがあったのですが、印象的だったのが
「6歳未満の子どもを持つ母親の就業率」。
日本はたったの34%なんですって。
「エッ!そんな少ないの?」とつぶやいてしまいました。
(同時に、それしかいないのなら、私の会社が異常なのではないんだななんて
変な安心もしました。)


以上の通りで、これからダイバーシティについて追求していこうと決めました。
そうはいっても知識がないので、まずはいろいろインプット。
ダイバーシティ関連の書籍を読んだり、自社や他社の取り組み状況を調べることから
始めてみようと思います。
すべての人が快く働ける日本になるように。

妊娠初期の休暇制度

2010-09-22-Wed-21:49
ここ1ヵ月の間、会社を休みがちになっています。
というのも、お腹に新しい命が宿り、4ヵ月目に差し掛かりました。
産婦人科で超音波画像を見たときは、
小さいのに力強い鼓動に神秘を感じました。


でも、嬉しいことばかりではありません。

妊娠というのは、5ヵ月目以降が安定期と呼ばれ、
それまでの期間は妊娠中でも流産しやすい時期だと言います。
それに、つわりもあります。
私も妊娠2ヵ月目の終わりごろから、1日中気持ち悪くて腹痛がすることもしばしば。
診断士活動再開!どころか、会社にもろくに行けない時期が続きました。

始めのうち、妊娠したということは会社では上司と同じプロジェクトの
メンバーにのみ告げていました。
安定期に入るまではあまり大っぴらにしないほうがいいね、
という上司の気遣いもあり、私もそう思ったからです。
その後間もなく、毎日体調を崩すようになり、
週3日は欠勤、という時期が続きました。
毎朝、事情を知る上司に「今日も吐き気がするので・・」と欠勤連絡を、
プロジェクトメンバーには仕事のフォローの依頼をします。
「あぁ・・今日こそ会社に行かなきゃ」という焦りと、
それを許さない体調の悪さに毎日悩まされるのは、
想像していたよりもしんどいものでした。
(突然休まれる会社のメンバーもしんどかったとは思いますが・・)
さらに、事情を一部の人にしか伝えていないものですから、
それを知らない他の同僚が「いろいろ憶測をしている」という
ウワサも耳に入ってきます。
(大半は「妊娠じゃない?」という正解の憶測だったようですが・・)。


そんな頃しきりに考えたのは、産休や育休と同じように、
妊娠初期の休暇制度があればいいのに、ということでした。
「今日も気持ち悪い。でも仕事行かないと・・・」というもどかしさや
周囲の目を気にするのは、精神的に負担に思います。
休暇として制度化されていれば、安静にすることだけに集中できるのに。

ただし、その場合周囲に事情を説明する必要もあります。
初期のうちに周囲に話をすることは、
「途中でダメになってしまうかもしれない」という心配があるからか、
私はちょっと抵抗を感じていました。
そして、それを考えると休暇制度にするのは難しいかもしれない、
と思ったりもしました。

私は自分の会社しか知りませんが、他の会社では
こういった時期のフォロー制度みたいなのはあるんでしょうか・・?



その後、しばらくは出社したり休んだりという時期が続いたのですが、
妊娠3ヵ月半ばに差し掛かったころ、幸いなことに数週間まとまった
休暇を取ることができました。
「制度」ではないのですが、医師の「しばらく自宅で安静にするように」
という診断証明の提出を条件に、まとまった休暇を取れるよう
上司や身近な女性社員が取り計らってくれました。
周囲の人々も業務調整に協力してくれ、体調管理に専念できました。
状況を理解し協力してくれる上司・同僚がいたことは、
とても恵まれていることです。
結局、事情を話すのに抵抗を感じるのは気にしすぎだったかもしれない、
と思ったりもします。


でも、やっぱり「きっと同じように悩んだ女性は他にもいるんじゃないか」と思います。

私の部署には、過去にこういった例がなく(少なくとも私が入社してからは)
また私の会社はどちらかというと男性社会なので、
もうしばらく手探り状態が続きそうです。
体調が落ち着いたら、他の会社の制度やワーク・ライフ・バランスの考え方などに
たくさん触れて、どうあるのが女性にも会社にもいいか考えていきたいと思います。

仕事にロマンを感じているか?

2010-07-04-Sun-22:17
先日マスターコースに参加したときのこと。
自己紹介の中で、お仕事で管理会計を扱われている女性の方がおられました。
その方が管理会計の仕事についた理由は「仕訳にロマンを感じたんです」。
企業の活動が仕訳され、その積み重ねがB/SやP/Lになって、
それが経営や投資の意思決定に使われるということに、
すごくロマンを感じた、といった趣旨のことをおっしゃっていました。

その考え方になるほどと思い、かつ「ロマン」という表現。
なんて素敵!!とツボに入りました。

そして、そこでやっぱり考えてしまうのが、
果たして私は今の仕事に「ロマン」を感じているか?

・・・・・・明らかに感じていない。


そもそも、「ロマン」とはどういう意味?ということで、googleさんに質問してみると
諸説はあるようですが、今回の場合は

“小説のように変化に富んだ大冒険や一大事業。”(goo辞書より)
これだろうな。


今月半ばに旅行で南米に行く予定で、
マチュピチュやナスカの地上絵を観に行きます。
マチュピチュが行き先の候補として挙がったとき、早速どういう場所か調べてみて・・
山裾からはその存在を確認できないことから
「空中都市」「インカの失われた都市」と呼ばる点、
まだ解明されていない謎が多かったりする点、
そして写真でみた景観に、
私は「ロマンだ!!!」とものすごくテンションがあがりました。

で、なんでそこにロマンを感じるのか?
それはきっと、遥か昔の人々の生活や壮大な歴史の流れに
いろいろと想像を巡らせることができるからだと思います。
物事って、謎めいている面があることが神秘的に見えますし。
(人間だって、ちょっと謎があるほうがステキに見える場合があるし・・)

「壮大である」ことと
「様々な、多くの深い要因により、今その姿がある」ことを実感させられたときに、
私は「ロマン」という言葉を使っているなと思いました。


・・・で、なんで今の仕事にはロマンを感じないのか。

仕事の内容は、システムを作ったり面倒みたりすること。
システムは機械だからロマンにつながらないのか?

財務会計だって、数字の羅列でしかない。
でも、数字の裏側にある、人間の活動や思いを読み取ることはできる。
これは、システムにはないものです。
(日々、システムに入力されたデータが積上げられた姿には
感動することもありますが)。

では、「システム構築のプロジェクト遂行」という観点では?
と考えてみましたが、私にとっては「ロマン」ではありません。
これは仕事の規模が小さいからなのか?
それでは、その活動が積み重なることで
会社の利益や存在意義につながると考えたらロマンを感じるか?

・・・・・・・・・・・。

いろいろ考えてみましたが、やっぱり仕事にロマンを感じるのは無理そうです。
そういう感情は働かない。


こうなってくると、「仕事にロマンを感じるか?」は
自分がやってる仕事の意義を問うような話になるなぁと思いました。
自分の仕事に対して、社会・世の中における意義を心から実感できたときには、
その仕事にロマンを感じているのだろうと思います。
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